『物流危機は終わらない――暮らしを支える労働のゆくえ』を読んだ感想
- 2020.11.19
- 書評
以前から物流業界に興味があり、たまたま気になるタイトルの本をAmazonのKindleストアで見かけたので読んでみました。
物流業界は労働集約型産業であり、文字通り業務の大半が人間による労働力で支えられています。
しかし、国内では労働力人口は今後も減少傾向(※1)で、そのうえ物流業界は3K(きつい、きたない、危険)な仕事という先入観があるために新しい働き手も減少(※2)しています。
(※1)厚生労働省『労働力人口の推移』
(※2)国土交通省『物流を取り巻く現状について』
一方、ECでの取引量の増加に伴って扱う荷物の量は今後もどんどん増加(※3)しています。
(※3)経済産業省、国土交通省『宅配事業とEC事業の生産性向上連絡会 これまでの議論のとりまとめについて』
物流危機とは、このような状況下で人が足りずに荷物を運べなくなってしまう事態が起こることを指しています。
本書では、この「物流危機」について、以下の切り口でトラック業界における問題を提起しています。
- 規制緩和と過当競争
- 運賃や労働条件の低下
- 荷主や利用者の都合が優先される商慣行
特に本書を読んで印象に残ったのは、長距離ドライバーの過酷な労働実態です。
統計データをもとに、トラック業界で働くドライバーたち(特に長距離輸送を行うドライバー)が、日本中の他のどの産業や職業よりも際立って長く働いていることが述べられています。
これは、政府が長い間トラック業界に対して経済的規制緩和を優先した政策を押し進め、その一方で社会的規制の確保が後回しにされてきたことに起因します。
規制緩和によってトラック業界に過剰に事業者(特に中小事業者)が参入することで過当競争に陥ります。
その結果、運賃やドライバーの賃金の低下したり、さらには社会保険からも脱退するという最低限のルールさえも守らない事業者も出てきてしまっているのです。
このような状況を打開するには、賃金の上昇を一企業ではなく産業全体で引き上げることが必要と述べられていました。
直接的に運賃の水準を産業全体で上げようとすると独占禁止法に抵触しますが、トラックドライバーの賃金を産業全体で上げることは法律上可能だからです。
ただ、物流危機の解決には、サービスを提供するトラック業界の努力だけではなく、消費者の意識の変容も必要だと思いました。
便利さの背景には過酷な労働があるということをよく考えさせられる本でした。
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